文彦がうちのシェアに来て以来、3週間会ってない。文彦は、自分以外の異性が私の名前を呼び捨てで呼んでいたことに対して明らかに不機嫌になっていた。たしかに、私は今まで異性と下の名前で呼び合うような気安い関係を築いたことがなかった。それは、性格的に言って文彦も同様だと思う。
「仲良さそうだったね。うまくやってるみたいじゃん」
「うん、最近になってようやく馴染んできた」
「前はあんまり乗り気じゃなかったっぽいのに、どういう心境の変化?」
洪水事件の経緯を話すことになった。文彦は私がそれを楽しげに話ているのが気に入らないらしく、あからさまに呆れた顔をつくって言った。
「お前、いい年して何してんの?俺だったら恥ずかしすぎて出て行くわ」
カチンときた。
「いい年してって……じゃあ言うけど、文彦だってそうでしょ。会社辞めて法科大学院かMBA行くって…何その目的のなさは。本気で考えて出した答えだと思えないんだけど。安直すぎるでしょ。ずっと同じ場所でぬるま湯に浸かってるからそんな逃げの発想になるんだよ」
思っていることそのままを初めて文彦にぶつけた。文彦は耳を赤らめて押し黙っていた。
シェアハウス内ではみんな、私に彼氏がいることが意外だったらしい。とくに文彦と会った友祐くんはあの日以来、前ほどは私に頻繁に話しかけて来なくなった気がする。男の人って、分かりやすいくらいデリケートな生き物だ。別に私とどうこうとか思ってるわけでもないだろうに、女に男がいるとなればすぐにしゅるしゅると撤退、っていう気分になるんだなあ。というか、私に彼氏がいようがいなかろうが関係ないのにな。
オープンしてそろそろ3か月が経つ。みんなまだシェア熱は覚めやらないけど、集まる人数が小ぢんまりと2、3人だけ、という日も出てきた。今日もそんな日で、そういうときは自分たちのプライベートな話題が出てきたりもするのだった。
「彼氏と順調?」
宏枝に聞かれた。
「うーん、実は3週間連絡取ってないんだぁ」
「あらまぁ。そうなんだ。それって、どちらか一方がシェアハウスに入ったらうまくいかなくなるパターンじゃん。『シェアあるある』だよ~」
「そうなのかなぁ」
そのとき、スマホのバイブ音が鳴った。チラッと画面に目を向けると、LINEのお知らせが私の心臓を思いがけなく引っ掻いた。
文彦から、別れを告げるメッセージが届いたようだった。
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