NOVEL

シェアハウス小説

シェアハウスをめぐるライトノベル『Re青春デイズ』 8話~花井友祐の目線~

あの事件で俺の部屋は水漏れ被害を受けたわけだけど、それがきっかけで祥子は俺を含む住人たちとよく話すようになった。祥子は俺や俺以外の30人のシェアメイト1人1人にお詫びの品のクッキーを手渡しながら謝って回った。一つも誤魔化さずに責めを引き取るその愚直さが、俺だけでなくほかのシェアメイトにも好感を持って受け入れられた。

それに、馴染めなかったコミュニティに打ち解けることができた嬉しさで酒に呑まれるなんて、大学生がサークルの新歓飲みで調子に乗って羽目をはずしちゃうのと大して変わらない。最初会ったときは口数少なくて何を考えているのかよく分からない、印象が薄い子だったけど……いい年してかわいいじゃないか。なんて。

そういうわけで、祥子はみんなからときどき「学生ちゃん」と呼ばれるようになった。共有スペースに祥子がいると、用がなくても「あ、学生ちゃんだ」と挨拶代わりにみんな彼女をいじった。現役大学生のシェアメイトも「学生ちゃんさん、おはようございます〜」なんて言ったりするので、祥子ははにかむように「もー、“さん”ってなにー」などと答えたりしている。その様子が人慣れしていない感じで、見ていて微笑ましく、少しこそばゆい。洪水事件を境に祥子はシェア内で常連メンバーと認知されて、共有スペースにいる姿をよく見かけるようになった。平日会社から帰ってきてからまったり飲んだり、休日に住人たちと一緒にご飯をつくったりしている景色にも馴染んできた。

ある土曜日の昼に共有スペースに行ったら祥子がいたので、「おはよー。もうメシ食った?」と声を掛けた。すると祥子は、「まだなんだけど、これから来客があるんだ」と答えたので、「そっか」と言って、俺は一人で弁当を買いに出掛けた。その帰り、シェアハウスの玄関に祥子がいた。「お、祥子」と声を掛けると、ちょっとこわばった表情をこちらに向け、そのあと俺の後ろに視線を投げかけた。その視線の先には男がいて、俺の3m後ろにいたその男は俺の顔に視線を向けた。その男が玄関に着いたタイミングで祥子がようやく声を発した。

「こちら、文彦。で、こちらがシェアメイトの友祐くん」

すぐさま彼氏だと悟って、「こんにちは」と言ったが、男からは返事がなく、訝るような表情をこちらに向けるだけだった。そういえば、彼氏がいるかどうかの話はしたことがなかった。というか、いつも会社から帰ってくるのが遅くて仕事が忙しいイメージがあったから、彼氏がいないものだと決めてかかっていた。

「ランチ行ってくるね。またあとでね」

……冴えない男じゃないか。挨拶もできないなんて。頭固そうだし。そのくせ、あいつがもし洪水事件を起こしたとして、祥子と違って1人1人に一生懸命謝罪しに回るような度胸なんかなくて、すーっとフェイドアウトするタイプだろう、こいつは。なんでこんな奴と。………そうだよな、彼氏がいてもおかしくないよなぁ…。

頭に冷水をかけられたような思いがした。シェア生活が始まって新しい出会いに浮き足立っていた俺も、ほかならぬおめでたい“学生ちゃん”だったというわけだ。

svgこの記事を書いた人
奥 麻里奈

1982年8月3日生まれ、獅子座、O型。大阪府出身。都内のオフィス複合型シェアハウスに住む、フリーランスの三十路ライター。美容専門誌編集者としてまだ出版社に勤めていた2012年1月からシェアハウス生活をスタート、1年後に独立。現在は、ファッション・ビューティからキャリアビジネスまで分野を問わず活動中。シェアハウス内のラウンジがおもな仕事場。趣味は服と読書。 『奥 麻里奈ドットコム connecting 個性美の解放』 http://okumarina.com