結局祥子が来たのは9時15分だった。「ごめん~」と慌ただしそうに店に現れた彼女は、Tシャツにジョッパーズパンツを合わせたカジュアルな格好をしていた。今の会社はけっこう自由な格好でもいいみたいだ。
「遅くなってごめんね。いつも急に仕事振られたりするから何時に出れるか直前まで分からなくて」
時間を持て余していた俺は先に飲み食いを始めていて、腹も一段落していた。いったん8時で約束していたので7時半には店に入っていて、けっこう待たされたという感じがあった。
「いいよ。お疲れさま」
新卒から勤めている会社は、定時上がりを推奨されているため6時ちょうどに上がっている。だから、上がる時間が読めない状況というものが俺にはあまり想像ができない。
「新しい職場どうなの?」
祥子が訥々としゃべり始める。彼女の口調は淡々としているのだが、一度話し始めると事細かに説明するので長くなる。それが感情の起伏をあまり表に出さない彼女の熱意の表れなのだ。話している間は合いの手を入れる以外、なかなかこちらに話す順番が回って来ない。
聞いたところによると、入ってすぐどんどん仕事を振られて、それをこなす毎日で、1つ終わってもやることは際限なくあり、あまりやることがないという状態はないらしい。社員はみんな10時くらいまで残業するのが当たり前のような風潮とのことだ。仕事の話を一通り聞いたら、シェアハウスの話も聞かなければいけない。
「うーん、帰ったら疲れて部屋に直行してるから、あんまり住人とそこまでまだ話してないんだよね。」
ふーん、そうなんだ、と言いながら、少しホッとする自分がいる。シェアハウスというもの自体、どんなところかよく分からないし、自分自身が入るシチュエーションを想像したこともない。だから彼女がなぜ入りたかったのか分からなかったし、まあ、心配じゃないわけでもない。全面賛成とまではいかないけど、反対できる立場でもないような気がしたから、彼女の意思に任せたのだ。彼女の新生活の話で一時間ちょっと過ぎた頃、「文彦は最近どんな感じ?」と振られ、ようやく自分が話す順番が回って来た。
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