「祥子さん、私、来月引っ越すわ。あの表参道のシェアハウスに住む。もう契約もしてきた」
今から1年半前、堀本みさおから宣言するように報告された。彼女はいつも物事をいきなり決める。彼女が上京してから引っ越しは今回で4回目。その間私は10年同じところに住んでいた。
堀本みさおとは、大学1 年のときに語学クラスが同じだったことがきっかけで仲良くなった。クラスにあまり馴染めなかった者同士、枠から弾かれるようにしてゆるく引き合ったが、社会人になった今でもちょくちょく会う。私は何でも「低く、長く」が得意なのだ。
「私、会社辞めて独立するって決めた。だからシェアハウスに引っ越すねん。シェアハウスに行ったらいろんな人と知り合えるやろうし、情報もいろいろ入ってくるやろうと思って。今の家もすっごい気に入ってるからそこを離れるのも淋しいねんけど、それを手放してでも行かなあかん、って思ってん」
関西弁で熱弁していた勢いのまま、彼女はロケット花火みたいにぴゅんとシェアハウスワールドに飛んでいった。「って言っても、多分、住人の人たちとすごく密になることはないと思うんよな〜。軸は仕事やし」というセリフを鮮やかに裏切って、シェアハウス住人たちと楽しそうに戯れる写真が連日Facebookから流れてきた。誕生日会イベント、会社帰りの映画館、週末のプチ遠出、部活……シェアハウスは住むだけでかなり忙しそうだ。この1年半で彼女と私が会う回数が激減したのは、それも一因としてあるだろう。とは言っても、私は私で毎日仕事と恋愛に勤しんでいたから、「堀本さん、楽しんでるなぁ~」と傍観していたまでだ。
とは言え、これまでも引っ越しを検討したことは何度かあった。もともと「今度シェアハウスに住もうかなと思ってる」と言っていたのは私の方だった。シェアハウスの検索サイトを彼女に教えたこともある。そうこうしているうちに、私ではなく彼女の方がひとっ飛びに飛んでいったのだ。でも、それはそれ。私には、流行りの音楽とか髪型とかテーマパークとか、皆が話題にしているものの輪の中に自分も参加している、という感覚がない。そういう世の中のホットなトピックスはいつも自分自身の外側にあって、無作為にたまたま私も手に取ることがあるというだけ。私はつねに定位置にいて、360°私を囲っているスクリーンに映し出される景色の移り変わりを眺めていた。
そして彼女の引っ越しから1年半が経った今、私は転職に成功した。いわゆる大企業にカテゴライズされる規模のIT企業。今回3社目で、小さい制作会社からスタートしたこれまでのキャリアがきれいに結実した転職先だった。社会人としてのファーストステージが幕を閉じたことを感じた。今踊り場に立つ私は次の階段に上ろうとしている。機は熟した。
「今、阿佐ヶ谷と池尻大橋のシェアハウスでどっちにしようか迷ってる」
私は彼女にLINEでメッセージを送った。
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