NOVEL

シェアハウス小説

『Re青春デイズ』 5話~宮崎祥子の目線~

シェアハウスをめぐるライトノベル『Re青春デイズ』 5話~宮崎祥子~

静かに頭にきた。

文彦が11時を少し過ぎて「じゃあ、そろそろ帰ろうか」と言ったときだった。

「え?もう?」と言ったら「明日も仕事だし。上の人も相変わらず作業効率上げろ上げろって感じで。けっこう疲れてるんだよね」と返された。

「……はあ?」と思った。

かろうじて口には出さずに「そっか」と了承したけど、駅で別れるときに笑顔は出せなかった。


だいたい、「転職したい」っていうのは私と付き合い出した頃からの話題だ。当時は、毎日ひたすらPCに向かうルーティンワークの辛さを共有して、お互いのこれからのキャリアについてあれこれと言い合っていた。転職しようとするのはいい。むしろ賛成だし、実際私もした。だけど、もう1つ、大いに引っかかるセリフが今日は飛び出したのだ。

「大学院に行こうかな、っていう考えも出てきたんだよね」

「え?」と心の中で思った。法科大学院に行って法曹の道に切り替えるか、MBAを取得するか、という選択肢を考えているらしい。ずっとシステム系の仕事をしているから、キャリアチェンジする際の足がかりにしよう、というアイデアであるらしい。

この人、逃げの発想になってきてる。

そう思ったけど、「ふーん」だったか「そうなんだ」だったか、否定はしない、けど気のない返事でなんとかやり過ごした。そこへ、「けっこう疲れてるんだよね」と来た。

……6時上がりで「疲れた」って何? こっちはあなたより毎日何時間も多く働いてるはずなんだけど。

胸に冷ややかなものが充満した。本気の怒りっていうのは実はとても静かで温度の低いものかもしれない、と思った。

そりゃ、前の会社は私も働いてたからその辛さも分かる。けど、自分より働いてない人に同情する気にはなれない。……そういうのって自分勝手なのかな?……いや、でも。っていうか、キャリアの間に大学院を挟み込もうとする考えの甘さ。それで何とかなるとか思ってんの?

駅で別れた後から、冷たかった怒りがじわじわと温度を上げて来た。


……今日の最後がこんな気持ちで終わるなんて。このままじゃ眠れそうにない。

帰宅してから私が直行したのは自分の部屋ではなく、共有スペースだった。

svgこの記事を書いた人
奥 麻里奈

1982年8月3日生まれ、獅子座、O型。大阪府出身。都内のオフィス複合型シェアハウスに住む、フリーランスの三十路ライター。美容専門誌編集者としてまだ出版社に勤めていた2012年1月からシェアハウス生活をスタート、1年後に独立。現在は、ファッション・ビューティからキャリアビジネスまで分野を問わず活動中。シェアハウス内のラウンジがおもな仕事場。趣味は服と読書。